寝台特急 個室の旅 その1
ブルートレイン(寝台特急)あけぼの A寝台個室乗車記 (2006.11.7)
JRの特典が使える年齢になってしまった。大人の休日倶楽部会員になると、JR東日本内と函館、金沢までの三日間フリー切符が何と12,000円で買える(期間限定)。11月30日に東京で仕事があり、これを使うことにした。新幹線で東京往復すると20,000円で8,000円浮く。このところ忙しかったから、一日休んで行ける所まで行ってみても良いだろう。函館まで行ってみるか。家に立ち寄るのは面倒だ。10年以上も乗っていない寝台車、もう二度と乗ることは無いかもしれず、一生の思い出に最上級のA寝台個室にしてみよう。考えてみたらJRの作戦にはまってしまったのかもしれない。8,000円儲けて気が大きくなり、16,340円(特急券、寝台券)の切符を買ったのだから。
寝台料金13,350円。広さは2畳少々。ホテル代と考えればものすごく高いが、動く部屋だと思えば実に安い。東北線経由札幌行き「北斗星」では函館着が早朝になってしまうので、上野発21:45、青森着9:55の上越線、羽越線経由「あけぼの」にした。子供みたいな話だが、切符を手にしてから浮き浮きし通しだった。
東京郊外にいた時、仙台駅から家に帰る時、疲れた体で駅のホームに立つ。その横をブルートレインの青い影が疾風の如く駆け抜ける。あるいは停車している豪華な列車、暖かな照明の中でディナーを楽しむ人、浴衣姿でくつろぐ人。「クソッ」と思ってしまう。いつかやってやる。そのいつかがやっと巡ってきた。
上野駅13番ホームに21:20入線。上野駅の地上ホームなんて何年ぶりだろう。「ふるさとの訛なつかし 停車場の人ごみのなかに そを聴きにゆく」(石川啄木)の世界がほんのわずかばかり、昭和の残照のように残っている。
デラックスシングルと呼ばれるA寝台個室は7号車。二段寝台が蚕棚のように並ぶB寝台と違い、静かな廊下が続き片側に個室が11室並んでいる。私の9号室に入るとベットメークされた真っ白なシーツが目に入る。いささか年期を感じさせる室内だが、匂いはない。(空気清浄機が付いていた) 発車前に車掌さんが検札にやってきた。これで12時間、誰にも邪魔されない私だけの空間が確保された。
カーテンを開けると向かいのホームには帰宅途中のサラリーマン。いくらなんでもこれ見よがしにはできず、レースのカーテンだけ閉め、室内を暗くしてベットの上でふんぞり返る。機関車牽引独特のショックが響き、定刻発車。電車に慣れてしまいこのショックは懐かしい。鈍行客車のような「ガタ、ガタ、ガタ、ガタン」というような連続するショックではない。今の若い人にはわからないだろう。
部屋の明かりを落とし下着姿になって、上野で調達しておいた「ます寿司」をほおばり、ビールを飲み、カーテンを全開し、流れ去る都会のネオンをぼんやり見つめる。そう、これがやってみたかったのだ。16,340円で手に入れた幸せ。赤羽、浦和、大宮、まだ通勤客も多い。たった一枚のガラスで隔てられた世界、いつもの向こう側からこちら側に一時来ただけの事なのに、この高揚感は何だろう。
大宮以北は人もネオンも少なくなる。ベットで横になりながら夜の帳を眺めている。暗黒の室内からは月に照らされた夜景が朧に見え、赤城山の山体も夜空に浮かぶ。星も見える。鉄橋も川も見える。興奮して寝付けるはずも無い。水上で停車。間もなく清水トンネルに入る。清水トンネルの前後にはループトンネルがあるのを思い出し、GPSで確認してみようと、また子供みたいな事を考えた。GPS付き携帯をセットしようとして、トンネル内では電波が届かない事に気付いた。「トンネルを抜けるとそこは雪国」ではなかった。(後で調べたところ、ループ線があるのは上りで新線である下りにループはない)
停車でまどろみから覚めると新津、ここから羽越線に入り上越線よりも線路が悪いようで揺れる。しかし、心地よい揺れで熟睡できた。9時頃まで眠るつもりだったのに、秋田停車から車内放送が始まり、6:30に起こされてしまう。雪がうっすらと積もっている。暗い空に柿の実の鮮やかな朱が映える。部屋の反対側ではあったが、弘前付近からは岩木山の雄大な裾野も望見できた。
9:56 一分遅れで到着。「上野発の夜行列車降りた時から、青森駅は雪の中」と言うわけには行かない。かつては国鉄の誇る特急列車群が往復していたのに、上野発の列車で青森に止まるのは、今やこの「あけぼの」一本だけ。青函連絡船が消えて久しく、かつての活気は無い。12時間10分の旅は終わった。少し飽きてきたので、ちょうど良い時間だったと思う。実に快適。B寝台では立ち上がれず横になるだけなので、腰が痛くなる。忙しくてなかなかチャンスは無いが、列車に乗るだけが目的の旅も悪くない。飛行機正規料金よりは若干安い。ホテルに泊まって新幹線を乗り継ぐよりもちょっと高い。もう乗ることも無いと思い贅沢をしたが、これは病みつきになりそうな気がする。
この後、青森から函館行きに乗り継ぎ、函館で寿司を食べ、青森、八戸乗り換えの特急、新幹線で仙台到着20:24、翌日までフリー切符の期限が残っていたので、仕事半分ながら山形、福島を回ってきた。通常仙台、山形間は仙山線で1時間少々。それを山形新幹線、東北新幹線を乗り継いで1時間40分かけた。三日間の走行距離2,128.6km、まともに切符を買っていたら計59,940円だった。
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